第九話

(ある夜)
ケルギンの携帯のメール着信音が鳴った。
『試合日程』とだけ書かれたタイトル。
ケルギンは口元に笑みを浮かべながら、
「裏ボクシング会場からのメールだ!」
メールを読み進めて行くケルギン…
『裏ボクシング会場選手、ケルギン様。
 次回の試合の日程が決まりました。
 ○月×日の夜となります、ご都合がよろしければご返信願います。
 なお…』
日程だけ確認して、残りの注意事項はいつもの事と飛ばして読み…
即座に、出場する旨の返信を送る…。
数分後…『試合確定』のメールが届く…。
「よっしゃ!また試合だ♪」
意気揚々と携帯を仕舞い、既に試合に勝った後の事を考え出すケルギン…。
「今度はどんな奴かな?まぁ…勝つのはオイラだし!ヘヘッ♪」

(一方、パルウェイのジムの地下特訓ルーム)
リングの上でシックルはブロウ相手に防御トレーニング一つ、
マスボクシング(※パンチを相手に当てないスパーリング)をしていた
あくまで最小限の動きでブロウの豪腕を避け続ける…
ガードの上からでも喰らったら一たまりもない!
極限までの集中力が必要とされる…
『カンッ!』
ラウンド終了のタイマーのゴングが鳴る…。
「よし!今日はココまで!上がりのストレッチやっておけ!」
「ハァ…ハァ…ありがとう…ございました…。」
ブロウとの強化特訓合宿を開始して早2週間が経過した。
トレーニングメニューはもとより、睡眠時間や食事メニュー、
その他のスケジュールも徹底的に管理された状態だった。
試合に臨むボクサーはこういうものなのだと、
シックルは自分に言い聞かせ文句一つこぼさず、
ブロウやパルウェイの指示に従っていた。

今日のトレーニングを終え、シャワーでさっぱりした2人に
パルウェイが話しかける…。
「ブロウ、シックル君…。話がある、ちょっといいかな?」
地上階の事務所に行こうとする2人に
「あぁ…事務所じゃなくてここでいい…。」
と止める…。
「まず…シックル君…体重はどうかな?」
促されるようにシックルは体重計に乗る…
表示を凝視する3人…。
「60キロジャストか…ちゃんとライト級に収まっているようだね。
よし!無理な減量はしなくて済んだようだな。」
シックルの肩をポンと叩きながらパルウェイは言う…。
ボクシングは体重による階級の区分けが今ではかなり細分化されている
ある程度その規律が甘い裏試合とはいえ、
いきなりそこで躓くには気が引けていたのだ…。
安堵の表情で、シックルは体重計から降りる。
「さて…本題だ!」
パルウェイが話を続ける…
「いよいよ君のデビュー戦が来週に迫った!」
シックルは「フッ」と息を呑んだ…
裏の試合だからとはいえ、ココまで期日が迫った時に
試合の日を発表されるのは戸惑いを隠せないが、仕方がない事だ…。
「今ここで対戦相手の情報を教えてもいいのだがな…どうする?」
シックルには何の事だか分からない…
通常ボクシングの試合は対戦相手が既に分かってから
試合が組まれるのが普通だ…
しかし、裏の仕様はどうやらそうではないのだなと理解する…。
「えっと…相手は、僕と試合をすることが分かっているんですか?」
珍しく、シックルの方から質問を投げかける…。
「あぁ…そうだな…普通は試合直前まで相手の情報は一切分からない仕様なんだが…。」
少しシックルは迷った、対戦相手がどんな奴なのか知りたいのは事実だった
相手が自分の事を知らずにリングに上がるのにこちらだけ情報を知るのは
シックルの性格上、それを良しとはしなかった様である。
「じゃあ…僕も当日まで知らなくていいです!」
あくまで相手となるべく対等に行こう…そんな考えであった。
「そうか…まぁ…君がそう考えるなら、それでいいだろう。
 じゃあ…ブロウ、残りの一週間の総仕上げ任せたぞ!
 今日はお疲れさん、おやすみ。」
そういってパルウェイは事務所に戻っていった…。

シックルとブロウは軽く晩飯を済ませ…
食後の珈琲を飲んでいる時だった
ブロウから話しかけられる…
「シックル。とりあえず…今日で強化猛特訓メニューは終了だ!
 明日からは軽いトレーニング内容でいいからな。
 今のお前は特訓での疲れが相当たまっている状態だからな。
 試合まではそれをしっかり抜いてベストで臨むんだぞ!
 疲れを取ることもトレーニングの一つだからな!」
「…わかりました…。」
ついさっきまで激しいトレーニングを続けていて、急に休めと言うのも
今までに体験したことのないシックルにとっては戸惑いばかりだった…。

しばらく2人でゆっくりした後、日付が変わらない前に床に着いた…。
試合がついに一週間後…期待と不安が入り混じり
シックルはしばらくは眠れずにいたが…
やがて特訓の疲労が彼を深い眠りに誘って行った…。


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