第八話

(翌日)
「こんにちは!お疲れ様です!」
シックルがジムにやってきた…。
着替えるためにロッカー室に行くところをパルウェイが呼び止める
「あぁ…シックル君。すまんが、ちょっと大事な話がある…事務所にいいかね?」
「あ…はい…。」
荷物を持ったまま事務所に入ると室内にはすでにブロウがいた。
「まぁ、かけたまえ…。」
パルウェイが促す…。

「さて…シックル君、そう遠くないうちに君に試合が組まれる。」
「試合…ですか?」
シックルは急な展開に、どう反応していいか少し戸惑った
「なんだ…いまさら怖気づいたのか?」
ブロウがすかさず茶化す。
「まぁ…君には色々と渡しておくものと教えておかなければならないものがある。」
パルウェイはIDカードと鍵をシックルに渡した。
「このIDカードは君が裏の闘技場の選手であるという証明書だ
 地下ボクシング場に入るのに必要になるからな。
 で…この鍵だが…ここに使う…。」
パルウェイは立ち上がり、事務所の机の引き出しの錠を開けた
「こちらに来なさい…。」
引き出しの中にダイヤルキーがあった…。
「一回しか教えないからな…ここと…ここと…ここを押した後に…ここを押す…。」
『カチャリ!』
事務所の中で何かが開いた音がした…。
「さぁ…こっちだ…。」
それまでてっきりただだの据付の鏡だと思っていたのだが隠し扉となっていた…。
内側は地下に続いているようだった…。
「こ、これは?」
「説明は後だ…ついてきなさい。」
何がなんだかわからないまま、パルウェイとブロウの後に続いて階段を下りる。
全く、ここ最近どうも周囲になすがままで話がどんどん進んでいくなと感じる。
しかしそれもこれも、考えてみれば獣人と人間のハーフである自分が
試合に出られるようになる為なのだから、納得せざるを得ない訳だが…

階段を下りおえると、左手に寝泊りが出来るアパートのような一室
正面には風呂などの水周り、そして右手には地上のジムに比べれば小規模であるが
ボクシングのトレーニングに必要な設備が備がきちんと揃っている。
「ここは…?」
今度はブロウが答えた
「ここはまぁ…秘密の特訓部屋みたいなもんだ!
 これから試合までしっかりとお前をボクサーとして仕上げていくからな!
 暫く俺と寝泊りって事になるだろうな。」
「ブロウさんと、ですか……?」
つい口から反射的に出てしまった質問、
本当はもっと別の聞き方がしたかったのに。しかしそれを聞き流すブロウではない。
「他に誰がいるって言うんだ、嫌か?」
笑いながら答えるブロウにシックルもテンポが狂って普段の冷静な受け答えができず、
思わず理由の分からない笑いが込み上げてしまう。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、その……突然だったから……」
ブロウやパルウェイもそんなシックルの調子の狂ったところが妙にツボだったのか、
隠すこともなく声を出して笑った。
ひとしきり笑いを吐き出すと、パルウェイが話を戻した
「さて…さっきも言ったとおりそう遠くないうちに試合が組まれる
 それほど余裕があるという事ではない…。ブロウとマンツーマンで特訓…
 という事になる…しばらく仕事の方も昼間の喫茶の方だけで構わんからな。
 裏のリングに上がると決めた君だ…しっかりやり遂げたまえ!
 じゃ…ブロウ後は任せたぞ。」
そういうとパルウェイは階段を上がっていった…。

「まあそこに座れって、立ち話してっから落ち着かないんだからなブレイクしようや」
ブロウがコンロで湯を沸かし始めた…。
「紅茶でいいか?」
「あ、何でも構いませんよ…。」
お茶の準備をしながらもブロウの話は続いた…。
「まぁ…ここは『特訓部屋』なんていったら、聞こえは少々物騒な感じもするけどよ…
 要は裏選手専用の練習場さ。今はほとんど俺専用のトレーニングルームに
 なっちまってるけどよ…。」
よくよく考えれば納得である…地上階のジムではブロウはトレーナーであって
他の選手と一緒にトレーニングをしている姿を見る事はまずない
ここが今のブロウにとってはボクサーとしてのジムというわけなのだ。
「ほら…飲めよ!」
熱々の紅茶が注がれたカップを手渡される。
「まぁ…たまに居るんだよな〜、プロにはなる気はないけど
 一回ぐらいは試合してみたいとか言う軽い気持ち奴がよ…
 俺以外でここ使うっていったらそういう奴の短期育成とかかな〜
 まぁ…そういうハンパな奴は大概一回裏のリング経験すると
 『二度と試合したくねぇ…』って泣き言を言って逃げちまうんだけどな〜
 あぁ…わりぃ…別に脅してるわけじゃねぇからな…」
ブロウなりに場を和ませるための会話をしてくれているのだなと
シックルも自然と穏やかな気持ちになれた。
「どうだ…改めて聞く事はなかったが…仕事やジムは…」
少々改まってブロウが聞いてきた。
「僕、何ていうか、どうしていいか分からない部分もまだあります。
 一応高校は出ました、会長に新しい仕事貰って、家もジムにも行くにも仕事に行くにも便利で
 今まで住んでいたボロアパートよりもずっといい所に住まわせて貰えるようになりました。
 それから仕事もまあまあ覚えられてきたし、難しいことも任されるようになりました。
 そして、ボクシングって可能性をブロウさんと出会って開いて貰って。
 でも話がトントントンッてこう、急に周囲で決まりだして…」
トツトツとだが、やっとそんな言葉が聞きだせた。
「はぁー…」
椅子に深く身を沈めると、ブロウは天井を眺める。
「そんな考え込むなって。お前の悪い癖だぞ〜!
 さて、こいつ飲んだら…ぼちぼちトレーニング開始だ!」
2人そろって残りの紅茶をグィっと飲み干した。
「あ!片付けは俺がやるから…先に着替えて身体温めておけ!」
「…はい!」
どこに向かって走り出しているのかまだ分からないが…。
シックルはスクッと立ちあがった。


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